2009年7月30日木曜日

民意と小選挙区制度~郵政選挙~

 今回は長文になりますが、選挙制度についてお話します。
 2005年、ドイツ、イギリス、日本で国政選挙が行われました。
 ドイツでは連邦議会選挙、イギリスでは庶民院選挙、日本では衆議院総選挙ですが、連邦議会も庶民院も日本の衆議院に相当します。
 なお、今回は「イギリスと日本」、次回は「ドイツと日本」の2回に分けてお話します。
 早速ですが、各政党の得票率と議席率を見てみましょう。
 今回は選挙制度の話ですので、上位2党の得票率、議席率に絞ります。
 数字や算数が出てきますが、苦手な方は少し我慢して頂ければと思います。
 なお、日本の比例代表制については次回の稿にて検討します。
 まずは選挙結果から。

◎イギリス庶民院の選挙結果(2005年5月5日実施)
    政党:  得票率  →  議席率
  労働党: 35.2% → 55.1%
  保守党: 32.4% → 30.5%
  総議席数646:労働党356・保守党197

◎日本衆議院の小選挙区選挙結果(2005年9月11日実施・郵政選挙)
  政党:  得票率  →  議席率
 自民党: 47.8% → 73.0%
 民主党: 36.4% → 17.3%
 総議席数300:自民党219・民主党52

 まず、得票率の結果を見ますと、イギリス労働党と保守党の得票差は2.8%、日本の自民党と民主党の得票差は11.4%と、イギリスも日本も政党間で得票率に大きな差はありません。
 この得票率の形式的価値を数値で表現してみましょう。
 第1党の得票率を第2党の得票率で割るのです。

  イギリス: 35.2% ÷ 32.4% = 1.09
    日本: 47.8% ÷ 36.4% = 1.31

 問題は議席率の結果です。
 第1位のイギリスの労働党と日本の自民党は、得票率に対し議席率が増加し、反対に、第2位のイギリス保守党と民主党は減少しています。
 この得票率と議席率の乖離こそが小選挙区制度の一般的な特徴なのです。
 この乖離現象をもう少しだけ詳しく見てみましょう。
 議席率を得票率で割ってみます。
 
   政党:  議席率 ÷  得票率  = 増加率
 労働党: 55.1% ÷ 35.2% = 1.57
 保守党: 30.5% ÷ 32.4% = 0.94
 自民党: 73.0% ÷ 47.8% = 1.53
 民主党: 17.3% ÷ 36.4% = 0.48

 労働党も自民党も1.5倍以上と大幅な増加率で、共に過半数の議席を占めています。
 一方、イギリス保守党は小幅な減少率ですが、民主党はかなりの減少率であります。
 では得票率と議席率の実質的価値を数値で表現してみましょう。
 第1党の増加率を第2党の増加率で割るのです。

 イギリス: 1.57 ÷ 0.94 = 1.67
   日本: 1.53 ÷ 0.48 = 3.19

 もちろん、各選挙区における得票分布に偏在はあるものの、双方とも実質的価値に大きな数値が出るのは、小選挙区制度では1選挙区1定数を原則としているからなのです。
 すなわち、当選か落選(次点)かは「たった1票の差」に因るのが小選挙区制度なのです。
 以上をまとめると次のとおりです。

     国: 形式的価値 → 実質的価値
 イギリス:  1.09    →   1.67
   日本:  1.31    →   3.19

 このように、小選挙区制度においては、得票率の小差が議席率の大差を生み出す「怖い制度」なのです。
 過半数に満たない得票率なのに過半数を占める議席率では、民意(得票率)が議会に変換されたとは言えないでしょう。
 政治学上の経験則によると、一般に小選挙区制度は、二大政党制または一党優位制が生まれやすい傾向にあります。
 換言すれば、小選挙区制度は、第3党以下の党にとっては厳しい制度であり、第3党以下が過半数にせまるくらいの得票率を獲得しないかぎり、第1党が簡単に過半数を占めてしまうのです。
 なお、これは余談かもしれませんが、イギリスの知人によると、イギリスの大部分の有権者はマニフェストを購読していないそうです。
 イギリスでは有料で市販されています。
 大量の死票を生み出す小選挙区制度は「少数が多数を支配する制度」であり、過半数が支持しないマニフェストを守って何の意味があるかと考えることもできるからです。

【小泉純一郎元首相(自民党より)】

 ところで、得票層には大きく分けて、支援団体や後援会といった特定の政党支持層(不動票)と、時事情勢などによって支持政党を決める浮遊層(可動票)の2つに分けられます。
 小選挙区制度では、可動票の取込力が選挙の「大きな」勝敗を分けるポイントとなります。

 なお、郵政選挙の「意味」について少しだけ触れておきます。
 小泉純一郎元首相は、自民党議員としては小選挙区制度に反対の立場でありました。
 小泉元首相の解散権行使は、郵政民営化法案に反対されたことが本当の原因ではありません。
 要するに、「自民党内の抵抗勢力」が民営化法案を「つるし」にかけ、「倒閣運動(おろし)」を繰り広げたことが本当の原因です。
 小泉元首相が再三再四、解散を予告・警告していたのにもかかわらず。
 「おろし」を真の目的として何か具体的なことを「つるし」にかけるのは、自民党の伝統的常套手法で、「小泉おろし」など珍しいことではありません。
 そういえば、かつて小選挙区制度導入(政治改革法案)が叫ばれた時、小泉元首相はこの法案を「つるし」にかけ、倒閣運動を繰り広げたのではなかったでしょうか。
 とはいえ、彼が郵政民営化を「キーワードに」可動票を取り込み、小選挙区制度をフル活用したことが「結果的に」自民党に大量の議席数を与えました。
 この大量獲得議席数を問題視することは大切ですが、これは上記のとおり、問題の本質は小選挙区制度であって、小泉元首相自身ではありません。
 この問題の矛先を小泉元首相に向けている者がいるようですが、全くの筋違いであります。
 もっぱら小泉氏に問題があったのなら、当時の岡田克也氏は民主党代表を引責辞任する必要はなかったはずでしょう。 

 郵政選挙から4年が経ちました。
 麻生太郎政権は相次ぐ自爆行為により支持率が低下しました。
 自民党はこの4年間の総括を巡り、党内のあっちこっちで右往左往したまま総選挙に突入してしまいました。
 今回の選挙ではどちらの党にどれだけの可動票が集まるかが注目点です。

※  イギリスの選挙結果はUK Parliamentより。
   日本の選挙結果は総務省より。
   (ともにpdf表示)

2009年7月25日土曜日

斎藤隆夫~議員の言論自由権~

 戦前戦中、斎藤隆夫(明治3年―昭和24年)という議員がいました。
 弁護士でもあった彼は、天賦の才能とも言うべくスバ抜けた弁舌力、演説力、そして言論自由権を「最大最強の武器」にして他の議員や内閣、軍部を圧倒した「大スター議員」でありました。
 この余りにも卓越した演説力に感極まって涙する議員が続出したというエピソードがあったくらいです。
 特にシナ事変に対する軍部や内閣、議会の誤った方針・政策・目的を徹底的に糾弾した「反軍演説」は「不朽の大演説・名演説」として有名であります。
 ただ、この演説は「聖戦貫徹を侮辱したもの」と看做され、斎藤は何と議員資格を剥奪されてしまうのです。
 従って反軍演説は、帝国憲政史における「最後の言論自由」と評価されることがあるのです。 
 斎藤隆夫は、いわゆる「地元利権誘導」に依らずして堂々と当選できる数少ない「真の実力者」でありました。
 明治45年の初当選から昭和24年の死去までの40年間近くにわたり、衆議院議員当選回数が13回という驚異的な人気を持つ斎藤隆夫は、立憲国民の覚醒を促し、そして立憲政体、政党政治を徹頭徹尾貫いた大政治家であり、尾崎行雄と並ぶ「憲政の神様」として知られています。
 斎藤隆夫の大功績、大偉業を語ると枚挙に暇がありませんので、前置きはこれくらいにして、斎藤隆夫が明治39年に執筆した「比較国会論」(東京渓南書院)という論文中に「国会議員の言論自由の権利」なる論文があります。
 100年以上も前の論文ですが、今回はこの論文の要約を紹介します。
 要約は以下のとおりです。

【斎藤隆夫(Wikipedia)】


 (要約)
 歴史における議院内での言論自由権の発明者はイギリスであります。
 議員は院内において完全な言論自由権を有する故、院内での発言や言論に対し、法的な処分を受けることはありません。
 しかし、歴史的に言論自由権はそう簡単に確立されるものではありませんでした。
 イギリスの例を挙げると、1393年、「ハクレー」という議員が王室費を消滅すべき議案を提出して「反逆罪」に処せられました。
 また、ヘンリー8世時代、「ストロールド」という議員がある地方の穀物事件に関してある議案を提出して「禁獄の刑」に処せられました。
 その他の議員の言論が国王の意志にそぐわないと刑罰を受けること甚大でありました。
 度重なる国王による圧政に対し、議会が言論自由を主張し戦い続けた結果、遂に1689年、あの歴史的な「権利章典」が制定され、言論自由が確立されます。

【権利章典第1条第9項】
議院における言論の自由討議及び議事手続は、議院外で裁判所その他いずれの場所においても告訴又は質問されることはない。

※なお、私が1つ付言するなら、議会内での言論自由権が発祥したのはヘンリー8世の娘であるエリザベス女王の時代(1558年―1603年)とされています。

 国会議員の言論自由は国会の独立を保持し、その政治目的を達する上で最も重要な権利であります。
 換言すれば、国会が独立した機関でないのなら、自由の意思を発表する場ではあり得ず、自由の意思でなければ真正の自由ではなく、真正の意思を発表することができない国会は虚偽の国会であり真正の国会ではありません。
 従って、国会の意思は議員の意思に依って成立し、議員は言論自由の保障があって初めて真正な意思を発表できるものであります。
 言論自由権は国会の政治目的と切っても切り離せない関係であります。
 言論自由権は、国王や政府やといった権力と闘争する上での「武器」であることは疑いの余地もありません。
 学理的な観点からは、この権利は国会の発達に従って当然に発生するべきものであり、1689年の権利章典から遡ること数世紀にわたる歴史的教訓は、イギリス国会史の一部を組成するものであります。
 このイギリスで明記された条文は、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、そして日本の憲法で同様に明記されています。
 欧米諸国、日本の憲法に明記されている言論自由権は、いずれも直接的間接的を問わず、イギリスの影響による至当の規定であります。
 ただし残念ながら、この権利は往々にして濫用されることがあり、このために国家の秩序が崩壊し国家の威信が傷つくことがあるのですが、これを予防・防止する適切な方法が無いことは政治上の課題点と言わざるを得ません。
 故に、憲法、規則、または慣習に依って適切なる予防方法を備えておくことを妨げるものではないことは言うまでもありません。
 (要約終)

【比較国会論(近代デジタルライブラリー)】
 

 以上が「比較国会論」中の「言論自由の権利」の要約であります。
 斎藤隆夫が言う「議員の言論自由権」というのは、単に権利が与えられているだけのものであってはならず、他の議員、そして何よりも国民を納得、説得させて合意を幅広く獲得できる「真の言論力」を身に付ける責務が前提となっています。
 勇気に裏付けられる「知力・徳力・行動力」が真の言論力の必要条件であり、「真の言論力」を備えた者こそが「真の政治家」であります。
 現在でこそ言論の自由は「人権」としても日本国憲法第21条で保障されていますが、生来は「議会の権利」であり、これが長い歴史的発展によって人権にまで拡張されたのであります。 

【日本国憲法第51条(免責特権)】
両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は評決について、院外で責任を問はれない。                     

2009年7月20日月曜日

総理の専権事項

 いよいよ衆議院解散総選挙が近づいて来ました。
 「そう遠くない日の」国政選挙では、与党が苦しい戦いが強いられるものと予想されます。
 そこで今回は、解散権と憲法の関係についてお話をしたいと思います。
 解散権は「総理の専権事項」と言われています。
 憲法にはそのような明文規定が存在しないのですが、解散権に関しては、大きく分けて「衆議院での不信任案が可決された場合」「それ以外の場合」で考えることができるのです。
 先ず、内閣不信任案に関する条文を紹介しましょう。

【日本国憲法第69条】
内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 ここでの特徴は何といっても不信任案の決議権が「衆議院のみ」にあるということです。
 衆議院以外に権限はありません。
 また、決議案は原則として「1会期中に1度」しか出すことが出来ません。
 これは会期制における慣例なのですが、これは「条文にない慣習法」であり、れっきとした「法」であります。
 なお、信任決議案の否決および総辞職に過去の例が無いことは、我が国における議院内閣制及び会期制の特徴であります。
 さて、第69条による解散は、戦後4例あります。
 1948年の第2次吉田内閣、1953年の第4次吉田内閣です。
 これらは「馴れ合い解散」、「バカヤロー解散」と言われています。
 また、1980年の大平内閣、1993年の宮澤内閣です。
 これらは「ハプニング解散」、「嘘つき解散」と言われています。
 一方、信任決議案は戦後3例ありますが、これらは全て可決されています。
 1956年鳩山内閣、1992年宮澤内閣、2008年福田内閣の3例ですが、鳩山内閣の信任決議案は撤回されており、実質的には2例であります。
 
【竣工当時(昭和4年3月)の総理官邸・首相官邸より】 

 では、不信任案可決以外の場合の解散権に関する条文を紹介しましょう。

【日本国憲法第7条】
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
3.衆議院を解散すること。

 これは天皇の国事行為であり、国事行為には国政上の権能はありません。
 衆議院の解散は、内閣の助言と承認によるもので、権限は内閣にあります。
 なお、天皇陛下が外遊中の時などは、皇太子が国事行為を代行できると考えられています。
 通常の衆議院解散は、この7条に基づいて選挙が行われるのです。

 以上の2つの条文から、文言上の解散権は「内閣の専権事項」であります。
 内閣は、内閣総理大臣とその他の国務大臣で組織されています。
 内閣が決めること、すなわち「閣議決定」は全員一致が原則で、1人でも反対すれば解散権は行使できないのです。
 では、何故、解散権は「総理の専権事項」と言われるのでしょう。
 実は、総理は普通の大臣に対し、次のような権限を持っているからなのです。

【日本国憲法第68条第2項】
内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
 
 「任意に」とあるように、総理はいつでも自由に普通の大臣の首を切ることができるのです。
 従って、解散に反対する大臣などはクビにすれば済むだけのことなのです。
 この規定があるからこそ、解散権の実質的権限は総理大臣にあるのです。
 これが「総理の専権事項」の意味なのです。
 罷免された最近の例としては、小泉純一郎元首相のいわゆる「郵政解散」に反対した島村宜伸元農水相です。
 あの時、麻生太郎元総務大臣や中川昭一元経産大臣その他1名の閣僚が反対したのですが、罷免されたのは島村氏1人だけです。

【現在の総理官邸・首相官邸より】
 
 しかし、大臣の罷免というのは過去に数例しかありません。
 殆どが「辞表提出」によって大臣が交代しています。
 確かに憲法上、総理は大臣のクビを自由自在に切れるのですが、実はそう簡単に切れるものではないのです。
 というのは、大臣の罷免には憲法上、天皇の認証が必要であり、この「罷免と認証の時間差」が国家危機管理の上で、大臣の罷免を非常に厄介なものにしているのです。
 つまり、これは「憲法の欠陥」であります。 
 この具体的内容については今回触れませんが、要するに「辞任なら認証不要」ということで憲法の欠陥を補ってるだけで、過去の大臣はほとんど「実質的には罷免されている」のです。
 
 ところで、「いつ」、「いかなる場合に」解散出来ないのかが問題です。
 いわゆる解散権の制限についての明文規定は憲法にはありません。
 一応、本予算案および補正予算案の審議や重要法案の審議などの間は差し控えるべきと考えられています。
 もっとも、解散権行使を違憲として解散無効の確認を求める裁判は過去に何度かありました。
 しかしいずれも裁判所は、「解散権は内閣の専らの政治的裁量に委ねられるものであり、司法審査に馴染まない」と判断しています。
 法律用語ではこれを「統治行為論」といいます。
 このような裁判所の判断が妥当か否かは別として、裁判所が積極的な判断を回避する以上、解散権制限の法的解釈を司法に頼る意味はなさそうです。
 因みに私は、この裁判所の判断は妥当と考える立場であります。
 
 たとえ総理に解散権があっても、総理が「K.Y.」、即ち「国民が読めない」、「解散が読めない」ようでは解散権の値打ちはありません。
 そう遠くない日の選挙結果はどうなるのか。
 政権交代が実現するか否か。
 どの政党が「国民的合意を獲得」するか。
 私は投票先を既に決めてます。

2009年7月15日水曜日

そして幸せの追求

 前回・前々回において、幸福追求権の元々の意味は私有財産権であり、その淵源は労働であることを説明してきました。
 もう一度、日本国憲法第13条を引用します。

【 日本国憲法第13条】
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

 私有財産権は、他人であれ、国家であれ、干渉を許さない権利であります。
 これを「絶対的排他的権利」といいます。
 絶対的排他的権利は、長い歴史の発展とともにその具体的内容や性質も発展し、権利に「広がり」を見せてきたのです。
 この歴史的発達の重要性といった観点から、既存の権利に限らず、将来も「新しい権利」が絶対的排他的権利として「広がりうる」と考えるのは、ある意味当然のことであります。
 結論から言えば、この「新しい権利への広がり」というのが幸福追求権の意味なのです。
 これは「独立宣言」および「アメリカ合衆国憲法修正第9条」に明記されています。
 
【独立宣言(抜粋)】
すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。
【修正第9条】
この憲法に一定の権利を列挙したことを根拠に、人民の保有する他の諸権利を否定し、または軽視したものと解釈してはならない。

 一定の権利の列挙、即ち既存の権利というのは、合衆国憲法修正第1条から第10条に規定されている諸々の権利のことです。
 信教の自由・思想の自由・表現の自由・住居不可侵権などなどで、日本国憲法にも明記されています。
 この修正第1条から第10条までの修正条項は「権利章典」と呼ばれています。
 1791年に施行されました。
 条文中の「人民の保有する他の諸権利」は、独立宣言の「幸福の追求を含むある侵すべからざる権利」と合致しています。
 要するに、修正第9条は「新しい権利を導くための根拠」であり、これが幸福追求権の正体だったのであります。
 幸福追求における絶対的排他的権利は、プライバシー権とも言われ、「個人の尊厳」と密接不可分の関係があります。
 プライバシー権は、単なる財物だけでなく時間や空間にも及ぶものであり、その思想的根底は「万人の平等」であります。
 また、「万人の平等」という近代的大発見が、「特権から人権」への変化を齎したのです。


【ジョージ・メイソン・権利章典の起草者(Wikipedia)】

 
 では、この新しい権利が権利章典に明記されて200年以上の月日が経ちましたが、現在ではどのような具体的権利が新しい権利として認められているのでしょうか。
歴史的には、プライバシー権というのは主に財産不可侵権・住居不可侵権といった「既存の権利」を指すものでした。
 それが当時では想定し得なかった写真・電話などの発明、普及により、プライバシー権は新たな問題として注目されました。
 この代表的な権利が「肖像権」といわれるものです。
 因みに電話については盗聴(通信傍受)されない権利です。
 肖像権はみだりに人の風貌などを撮影されない権利であります。
 肖像権については稿を改めてお話しする予定です。肖像権は、判例である程度確立されているものの、肖像権そのものを規定した法律はまだ存在しません。
 盗撮について軽犯罪法・迷惑防止条例が施行されているくらいです。
 その他のプライバシー権利としては、環境権・知る権利・日照権・嫌煙権・嫌酒権などが指摘されています。
 
  しかし、憲法で規定されている新しい人権は「抽象的な想定」に過ぎず、積極的無制限に具体的人権を拡張することを意味しないのであります。
 現に、アメリカやイギリス、日本はこの無制限な人権拡張には消極的な立場をとっています。
 因みに私自身はこの消極的立場をとっています。
 というのは、これは再三お話してきた通り、憲法とは本質的には「国民の国家に対する命令規定」であり、自由権とは本来的には「権力を制限する権利」であるからなのであります。
 従って、「私人間にまで憲法上の人権規定が直接及ぶのか」という問題に突き当たらざるを得ないのです。
 この私人間への直接的適用は、「人権の拡張による人権と人権の衝突」を意味しています。
 実際、肖像権と思想・表現の自由は衝突関係にあるからこそ、肖像権は完全なプライバシー権として確立されていないのが現状なのです。
 民法などの私法または判例の段階で解決可能なら、出来るだけその段階で解決するべきであります。
 だたし、消極的立場とっても人権無視とは全く別次元の話であることは言うまでもありません。
 
 新しい人権を作ることができる権利。
 これが幸福追求権です。
 幸福追求権は人権である以上、「自分の幸福」は「他人の幸福」でなければなりません。
 利己主義から人権を導くことは許されません。
 憲法の条文というのは、その性質上、抽象的な表現が多くならざるを得ないのですが、この幸福追求権はとりわけ抽象的な表現であります。
 幸福追求権は具体的イメージの掴めない「抽象的な抽象権」であり難解な権利であります。

2009年7月10日金曜日

金の追求

 初めて社会や国家が作られた遥か以前の状態。
 もちろん現実にはそのような状態など存在するはずがなかったのでしょうか、先ずは想像してみましょう。
 こんな状態が存在したならきっと貧富や身分の差など無く、皆が自由に平等に暮らせたに違いありません。
 このような世界で暮らす人のことを「自然人」としましょう。
 また、誰からの束縛も受けずに暮らせる自由で平等な状態のことを「自然状態」としましょう。
 実は、前回少しお話したジョン・ロックの「統治二論」における導入部なのです。
 こんな現実には有り得ない自然状態を最初に設定した理由は何なのでしょう。
 それは、この「自然人」や「自然状態」というものを仮定することによって「社会とは何か」また「国家とは何か」を明らかにしようとしたからです。
 現実には社会と言っても家族社会もあれば子供社会、高齢者社会もありますし、国家といっても共和制国家もあれば立憲君主制国家もあり、社会や国家のシステムは複雑であります。
 ロックはこういった複雑な現実を取り払って、先ずは人間や社会の状態を抽象化したのです。
 
 事物を抽象化して考える。
 
 理数系の方なら理解しやすいと思いますが、自然科学では様々な物理現象を抽象化して考えますね。
 同じ様にロックが抽象的に自然人や自然状態を仮定したのは、現実の社会や国家を「科学として」考えようと試みたからなのであります。

 さて、自然人や自然状態というものを念頭に置いて、少し現実を考えてみましょう。
 自然状態の下では自然人は「限りの無い欲に限りの無い資源」を享受することができるでしょうし、完全な自給自足によって限りなく幸福や満足が得られるでしょう。
 そして誰もが人から干渉されたり束縛されることもないでしょう。
 しかし、現実には人は1人で生きていけるものではありません。
 やはり「売り買い」、「貸し借り」など相互依存の関係の中で生きていかなければなりません。
 そして様々な人が「売り買い」や「貸し借り」といった契約を交わすことによって様々な形態の社会が作られるようになったのであり、言い換えれば、社会は人間同士の契約によって形成されたものであります。
 これが社会契約説であります。
 さて、契約に基づく社会についてもう少し現実を考えてみましょう。
 契約といっても上記のような売買契約や賃貸借契約など様々ですが、お互いが平等である以上、契約は絶対に守られなければなりません。
 残念ながら現実には、契約を守らない人や、人を騙したり脅迫したり盗んだり、更には殺したりと犯罪を犯してまで物を奪う人が存在するものです。
 こういったトラブルにおいては個別の契約だけでは何かと不安でしょう。
 そこで、人間の生命・身体・財産を守ることを「約束してくれる」権威ある存在を必要としたのです。
 これが国家です。
 自然状態においては生命・身体・自由・財産の権利は国家が形成される以前から平等に存在します。
 これを「自然権」といいます。
 国家というのは「皆が守るべき法律を作るもの」、「公的機関を適正に運営するもの」、「公正にルールを判断するもの」、でなければなりません。
これは今の国会・内閣・裁判所そのものであります。
 そもそもロックによれば、国家というのは国民の自然権を守ることを約束として権力を預けただけに過ぎず、国民と国家は「信託関係」によって成り立っているのです。
 従って、国家が私有財産権を侵してはならないのは当然のことであり、私有財産権は国家の成立以前から存在する絶対的な権利であるのです。


【欧州の貨幣経済発達に影響を与えたスペイン「銀の道」。地中海世界の旅より】

 ロックは私有財産権(資本)の起源を労働に求めました。
 今では当たり前のこととして考えますが、中世の頃は「土地所有支配に基づく身分制度の時代」であり、特権的強制による「不平等な富の移転」が庶民の権利を妨げていたのです。
 身分制が正義であり、労働自体は良いことであっても「万人の正義」とはまだ考えられてなかったのです。
 また中世における経済的資本は土地であり、有限なものと考えられていました。
 しかしロックの頃になると、貨幣経済の発達によって大きな資本家が出現し始めていました。
 貨幣経済の発達の歴史的背景には、十字軍の遠征、ペスト大流行による農奴の激減、プロテスタントの出現、そしてスペインからの大量の銀流入に伴うインフレ現象があったと考えられています。
 因みに、スペインで作られた全長816kmもある「銀の道」と言われるローマ街道は、現在でも観光名所として残っています。
 以下、資本は貨幣と表現します。
 こういう社会現象に着目して、ロックは「働けば貨幣は増やせる」ことを自然状態から説明しようと考えました。
 自然状態は、万人は自由で平等な状態ですので、貨幣、その源泉となる労働は「万人に与えられる権利」です。
 すなわち、働いて働いて貨幣を増やすことは権利であり「正しいこと」なのです。
 身分制の不正義、すなわち「万人の平等」という観念がなければ誰も「働くこと・金儲けは正しい」と確信することが出来なかったのであります。
 貨幣とは、労働が産み出した所有権です。
 だから、土地や農業にこだわらなくても、誰もが自由に金儲けできる商売に転職できることを当然の権利として主張したのです。
 これが近代における「職業選択の自由」です。
 平等なくして契約の自由・所有権の絶対性、即ち資本主義は成り立ちません。
 これらを国家は国民から守らなければならないのであります。

 さて、国民の生来の権利、すなわち自然権を国家が侵しても平気な顔をしたら国民はどうするか。
 ロックはどう断言したか。
 そんな国家の言うことなど聞かなくても構わない。
 これを「抵抗権」といいます。
 また、抵抗しても駄目な場合はそんな国家は潰しても構わないと断言しています。
 これを「革命権」といいます。
 なお、自然権の1つである自由権についてですが、自由権というのはこのサイトのマグナ・カルタでも触れたとおり、権力を制限する権利であります。
 ロックはこの精神をちゃんと踏襲した上、自由権に科学的根拠を与えたのであります。
 自然権・抵抗権・革命権は、国民主権を守るうえで絶対不可欠な権利です。
 ロックの社会契約説が近代国家形成の正当な根拠となり、前回お話した独立宣言、フランス人権宣言へと繋がっていくのです。
 日本では明治時代に植木枝盛が作成した「東洋大日本国国憲按」という明治憲法文案の中からロックの思想を見出すことができます。
 ロックの唱えた国民と国家の信託関係は、実は日本国憲法に明記されているのです。

【日本国憲法前文(抜粋)】
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

 ロックの哲学は日本国憲法の中に現在も行き続けています。

2009年7月5日日曜日

幸せの追求

           【独立宣言の署名:ジョン・トランバル作】 
                                                                  
 幸福というのは、どこからとなくやってくるものでもなく、既に獲得されたものでもありません。
 まして、他人から与えられるものでもありません。
 幸福は、自らの手で「不断の努力によって」追求しなければならないものであって、幸福追求にゴールはありません。
 どこかで幸福と思っても、より大きな幸福を求めて努力することが「正義」であり、民主主義であります。
 もう私は幸せだ、満足だと思ってしまったとき、その人の進歩は止まります。
 これは社会であれ、国家であれ同じことです。
 民主主義とは自分で考え、自分で決め、自分で責任をとる自己意思決定権に立脚したものであります。
 また、自分の幸福は他人の幸福であり、「幸福を分かち合う連帯意識」こそが真の個人主義・自由主義・民主主義の精神であります。
 逆に、連帯意識を度外視した自分だけの幸福は利己主義に過ぎず、民主主義の正義に反するものであります。
 人間の幸福というのは、物質、精神、身体のすべてを含んでいます。
 物質的に豊かでも精神的に貧しければ幸福とは言えません。
 幸福というのは、まさに不断の努力によって自らの手で獲得するものではないでしょうか。
 さて、幸福の追求という言葉は、実は日本国憲法に明記されています。

【日本国憲法第13条】
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

 法学的には、幸福を追求することは権利であります。
 では、幸福追求が権利であることを説明せよと言われると、そう容易なことではありません。
 ましてや幸福追求権の全容を説明することは至極困難なことであります。
 ここでは幸福追求権がどういったものか少しでも実感できるようなお話をしたいと思います。
 なお、このテーマについては数回に分けてお話する予定です。
 近代において初めて幸福の追求という言葉が登場したのは、アメリカの独立宣言と言われています。    
 起草者はトーマス・ジェファーソンです。

【独立宣言(抜粋)】
すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。

 上記の第13条と比べてみますと、生命(生存)、自由、幸福の追求の部分が同じであることがわかります。
 すなわち、第13条の手本は独立宣言だったのであり、偶発的な産物ではないのです。
 用語(造語)が同じであるのに法学的派生が違うでは筋悪な解釈です。
 ところで、ジェファーソンは、下書きの段階では幸福の追求とはせず、実は「利益の追求」としていたことが彼のメモから発見されています。
 ただし、なぜ彼が利益を幸福と書き換えたのかは彼自身、詳細に明らかにはしていませんが、イギリスのジョン・ロックなどが提唱した自然権に基づいたものと考えられています。
 ロックが自然権を唱えたのは1600年代後半と言われていますから、独立宣言の約100年前ということになります。
 ロックの自然権については次回詳細にお話します。

 ジェファーソンは独立宣言起草に関し、ロックから多大な影響を受けていたことは彼自身が公言しており、また彼自身の論文などでも、いたる所からロックの思想が確認されています。
 言ってみれば、独立宣言にもまた手本があったということです。
 自然権というのは、何人も侵すことができない1人1人の生来(固有)の権利であり、国家は勿論のこと、権利の侵害を許さないというものです。
 ロックは自然権を大きくわけて「生命・身体(健康)」、「自由」、「私有財産」に分類しています。

 さて、上記の独立宣言と比べてみましょう。
 独立宣言もロックの自然権も「生命」・「自由」はまったく同じであり、利益の追求が私有財産に対応していることがわかります。
 従って、幸福追求の本来の意味は利益追求であり、利益は何人も侵すことができない私有財産権であるのです。
 これは資本主義そのものであります。

 幸福の追求は権利であります。
 利益の追求は権利であります。
 私有財産は権利であります。
 利益の源泉は労働であります。
 労働は権利であります。
 因みに、私有財産権・私的所有権は法学では「絶対的排他的権利」と言われています。
では「利益や労働は権利である」ことをどのように説明すればよいのか。

 次回に続きます。